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ソナタ形式について語ろう

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[0]もんもん 06/11/12 22:52 WC7mRHPTKp
西洋音楽の要ソナタ形式について語りましょう。
内容は交響曲、ピアノソナタなどの感想、分析、紹介、演奏、作曲など何でも良いです。



[175]MMM 07/07/16 06:26 dwnzuQs5VK
K.311はピアノで全部音取ったけど和声的に見るべき物はないですね。

面白いのは形式でしょう。A−B−(C)−B−A:ブリッジ形式ですね。他には?ブルックナーの7番の終楽章。更に?バルトークのオケコンなどの作品群ですね。要するにここがブリッジ形式の萌芽でしょうか?

今日はブル4をドホナーニとNDRで聴いたけど、終楽章もロンドみたいだけど結局ソナタ形式ね。決め手は展開部の前の複縦線!彼がソナタ形式を意識した場合は必ず引かれるようです。名曲解説全集にロンドとか書いてあるけどこれでやっと間違いと気づきました。
[176]TAKIN 07/07/16 10:43 DBg74TQcCT
ブル4のフィナーレはややこしいですね。私も聴いただけではわからずじまい、スコア見てやっぱりソナタ形式というべきだろうな、と納得した記憶がありますが、詳細は忘れてしまいました。妙なもので、一度自分なりに納得した経験があると、詳細をトレースできなくなっても気にならないみたいな・・・褒められたことではないですが(^^;)
[177]MMM 07/07/16 16:48 02tvoKPVYO
僕はあそこを中学時代ロンド形式としてしまいました。とにかく複雑な形式です。結局展開部は3部に分かれるのかな?Brucknerにしては長いですね。ロンドの場合は中間にCの新しい部分が出てくるのですがあそこは第二主題以降新しい素材は出てこないですね。
[178]リンリー 07/08/20 16:51 2CbajAhPeX
変則的なソナタ形式という意味ではK545の第一楽章が特に好例かと。
簡単に調べてみると、
第一、第二主題ともにたったの4小節しかなく、加えて主題の確保もされない。
そして主題と無関係な16分音符の、下手をすると無味乾燥になりかねない推移。
それに続くのは単純ながら印象的なコデッタ。
(コデッタ直前の4小節は両主題を繋いでいるようにも見えます。)
以上、提示部だけでもえらく変則的ですね。とてもユニーク。
これで違和感なく音楽になってるところが凄い。

展開部は提示部のコデッタを単純かつ自由に発展させていますね。
簡潔ながら、両手の対話が描く情感の揺れが魅力的な部分。
と、突然ヘ長調で第一主題が回帰します。
もちろんこれはハイドンがよくやる下属調での偽の再現。
聴き手は主調での第一主題再現を待ちわびつつ、16分音符の推移に耳を傾けることになります。

が、しかし再現部は主調のハ長調には回帰するものの、半終止のあと現われるのはなんと第二主題。
なんじゃこりゃ。変則にも程がある。
あとは提示部とほぼ同じで、例のコデッタで終止。

全体的に和声の冒険のようなことを行っていないので、すらすら聴けますが、
モーツァルトは何食わぬ顔で脱線しまくっています。
それでいて「音楽」が成立している。
彼に直接の後継者が出ないのはこういうところが要因なのかも…。
[179]やすのぶ 07/08/21 19:27 d8W3qsDfnm
リンリーさん、簡潔に面白く分析されておられますね。
この楽章は、簡潔で分かりやすいソナタ形式ですね。
たぶん、お弟子さんソナタ形式をに教えるために、あえて簡潔さを追求したのかも知れませんね。
ですから、こういう作品こそソナタ形式の原理が明瞭に現れているのかもしれません。

ですから、下属調再現は、偽ではなくて、ある意味こちらの方が原則的であるのかも知れません。
シューベルトにも時々出てきます。
[180]リックル 07/08/21 19:39 *XOMhQWld4la*Yl0awSlxXZ
ソナタ形式のロックを歌詞と合唱以外完成させました。
みなさんの感想お待ちしております。
http://sound.jp/five_waldstein/s/art_of_existence_ver7.mp3
[181]TAKIN 07/08/22 10:02 bwmulUBA4g
>>178
短い主題にすぐ経過句が続くというのはハイドンにもよくありますね。たとえば「オックスフォード」交響曲の第1楽章。
[182]TAKIN 07/09/13 23:19 nX6istRreN
少々寂しいので連投御免被ります。

手許にある「諸井三郎著・楽式の研究IV・ソナタ形式 下」という古本には、シューベルトからマーラーまでのソナタ形式が扱われていますが、変則性が強調してあるのはシューマンのピアノソナタ第3番ですね。[提示部+展開部][再現部+展開部][コーダ]と分析されてます。
[183]リックル 07/09/17 05:27 *XOMhQWld4la*5IRD3c7GKW
ソナタ形式の曲を作っているんですが、非常に悩んでることがあります。
それは展開部です。
もっともっと起伏に富んだドラマティックな展開部を作りたい!
テンポが大きく変化する展開部の参考になる曲(の何楽章か)を教えて下さいm(_ _)m
[184]1 07/09/17 17:06 *TGkF0iu9xTP*LTNFVPa3rE
http://www.miniclip.com/games/pizza-hot/en/
[185]TAKIN 07/10/03 09:10 tRkL1vsJxo
私の場合、ソナタ形式に興味がある、というのが、第一楽章に興味がある、というのと殆ど同義みたいになっていて、緩徐楽章やフィナーレはソナタ形式であっても聴き方が粗略だったなぁと最近感じています。ロンドソナタ形式なんていうのも分かった気になっていただけで理解は頗る曖昧。てことで「ソナタ形式の緩徐楽章的・フィナーレ的変容」みたいなことにも注意を向けていこうかなっ、と。

素人が楽式論なんかに首突っ込んでどうするの、という気分になることも無いではありませんが、集中力不足気味の私にとっては、曲をよく聴くためのガイドとしては悪くないです。ただ教科書的な図式をあてはめて一丁上がりみたいに思い込む危険は結構あるようで (^^;)。
[186]田村 07/11/19 22:07 Bn7Wy5eJCG
http://jbbs.livedoor.jp/music/3158/
に田村はアクセス禁止で全く書けないのでここに来るように誰か言ってよ。

[187]せり 07/12/10 11:47 vVafxgeKgJ
はじめまして、ハイドン・モーツァルト・クレメンティ等の巨匠を中心にアナリーゼをしてソナタ形式を勉強中です。
そこで疑問に思ったのですが、ピアノソナタ、シンフォニー、弦楽カルテットとジャンルを問わず楽曲の主調、特に第一楽章の提示部第一主題をホ長調や変イ長調で書いている楽曲を殆ど見かけませんでした。
何か理由があるのでしょうか?
[188]読書家 08/01/09 17:40 *1kMSGRlP7Bw*FvnBbRuquF
>>187
いや、あると思いますよ。
たしかベートーベンのピアノソナタ30番の第一楽章はホ長調でソナタ形式。
同じくベートーベンのピアノソナタ31番の第一楽章は変イ長調でソナタ形式ですよ。
[189]リンリー 08/01/15 16:53 M/z.xOfZ4D
有るには有るんですが、かなり少ないですよね。
楽器の性質の問題かとも思ったんですが、その割には結構有るし…。
やっぱり演奏者(主にアマチュア)への配慮でしょうかね。
[190]読書家 08/01/16 15:40 *1kMSGRlP7Bw*ZkkbCn.UJ5
ソナタに限らずですが、「ロ長調」の曲って何で無いんでしょう?
[191]MMM 08/01/19 06:44 06pOM.7LzI
ブラームスのピアノ3重奏曲ロ長調Op.8.
[192]リックル 08/05/28 21:41 *2uR8l6j4tdn*10WnfdAgzJ
このスレをもう一度盛り上げるべく、議題を持って参りました。
-----議題--------
なぜロマン派やそれ以降になってソナタ形式の提示部の反復が見られなくなったのか?
[193]MMM 08/05/28 22:05 42GPeyLCgX
飽きて退屈になるからです。
[194]リックル 08/05/28 22:39 *2uR8l6j4tdn*10WnfdAgzJ
即答ですね(汗)
しかしモーツァルトのピアノソナタや弦楽四重奏曲などの提示部の繰り返しはあるべきもののように思いますが、MMMさんはあれも飽きて退屈と感じますか?
[195]やすのぶ 08/05/29 04:55 KgAaUWKff0
抽象的な議論でなく、ブラームスやブルックナーの実作品にあたって考えてみるのもよいかも・・・・
[196]TAKIN 08/06/01 01:09 SBb8Q1eobA
ベートーヴェンでも反復指定はあったりなかったりですね。
交響曲の第1楽章では第9のみナシですが、フィナーレは1,5,7がアリ、他はナシ。
その他の曲種についてはあまりよく覚えてませんが、弦楽四重奏曲(の第1楽章)ではOp.59-1, Op.95, Op.127, Op.132はナシ、しかしOp.130はアリ。ピアノソナタではOp.57, 90はナシ、Op.106, 111 はアリ。(ついでながらOp.57フィナーレは提示部の繰り返しナシ、展開部+再現部を繰り返す。)

ロマン派の交響曲では、シューマンの2番はアリで3番はナシ、ブラームスは4番のみナシ、マーラーは6番のみアリ。

というわけで、反復記号は単に習慣的に書いたものではなく意図的なものだと思われますが、どういう意図かは私には分かりません(^^;)。
[197]やすのぶ 08/06/01 04:39 94FspdsfMr
マーラーの1番は面白いケースですね。
最初印刷するときは繰り返しがなくて、あとで追加したため1番カッコ、2番カッコではなく、あんな変な形になったのだと・・・・
[198]TAKIN 08/06/01 10:55 SBb8Q1eobA
そうか、マーラーは1番を忘れてました。失礼。
でもこれってそんなに変ですか?(^^)
[199]やすのぶ 08/06/01 12:02 94FspdsfMr
シューベルトの《大ハ長調》も、序奏から主部へ突っ込むときと、
繰り返すときで、音が違うので、提示部最初の小節は音が2つありますね。(まあ許容範囲)
でもマーラーは、本来1番カッコ、2番カッコにしないと、変ですね。
チェロのパートは、シューベルトみたいなやりかたで、1回目と2回目をかっこでくるんでごまかしていますが、ヴァイオリンとヴィオラは変。
序奏から主部へ行くときはクラだけだから、繰り返しを初めから想定していたのならファゴットだけになるべきでしょう。(2小節くらい前からタイの音はなくしているんじゃないかな?)
百歩譲って、タイがずっと続いているとして、繰り返しのときはタイ記号は不要なのだから、正式の記譜では、1,2番カッコは、この曲の場合必須なんじゃないかな。
[200]ぺちぺち 08/06/01 20:23 *8OE0nMqlq9M*RiNA19i25P
先日から持ってる持論なんですが、ドラマティックで起伏に富んだ提示部ほど、繰り返しに耐えない→繰り返さない、と思うのですがいかがでしょうか?
古典派よりロマン派のソナタ楽章ほど繰り返しがないケースが多いのはロマン派の方がドラマティック、起伏に富んでいる、テンポの変化が激しい、ですよね?
[201]かなえ 08/06/07 17:28 E-6wZlk
初めまして。
私は今スカルラッティーのソナタ L.104を弾いています。
スゴく短い(Aページ)曲で
Cdurです。
あるコンクールの課題曲です。
明るく.装飾音が多いです。
ヅエクエンツなどを考えてながら弾いているのですが
先生からスカルラッティーについてもっと知りなさい。
と言われたので
イロイロ今調べているのですが、なかなかいい情報が見当たりません。またとても分りにくいです。
スカルラッティーについて知っている方がいらっしゃいましたら、
是非教えて下さい。
[202]ベームK 08/06/07 18:31 Sv9NaA9l/f
>>201
作曲家についての基本的な情報は図書館に行って『グローブ音楽辞典』を紐解くことです。
[203]MMM 08/06/07 19:43 9r3G5ObUHt
スカルラッティは論文は少ないでしょう。ソナタ形式の原型なのでそう複雑ではないので自分で弾いてアナリーゼすることをお勧めします。
[204]ぴーたん 08/06/11 12:20 *8OE0nMqlq9M*FLs.7NnS8B
はじめまして、僕は作曲をするものですがソナタ形式に匹敵するもしくはそれ以上に美しい形式はありますか?
[205]MMM 08/06/14 00:40 s01DsSxB/6
フーガなどはどうでしょうか?

パッサカリアも面白いですよ。
[206]やすのぶ 08/06/15 20:59 d8W3qsDfIs
>>192
ソナタ形式には繰り返しなど無用の長物のように思える。
ベートーヴェンが第9でその呪縛を破ったはずなのに、
ロマン派の何人かの作曲家たちは、なぜ後生大事に繰り返しを
彼らのソナタ形式に書き入れたのか?
そちらを考えることのほうが、ソナタ形式とはいかなるものか
を追求するうえでは有用ではないだろうか。
[207]MMM 08/06/15 21:16 s01DswoVHa
提示部の繰り返しは主題などをちゃんと覚えてもらうために慣習的にあるものです。テーマがちゃんと頭に入っていれば要りませんが、どこの会場でも初心者はいるものです。展開部と再現部の繰り返しも同様ですが、当時は組曲などの娯楽的要素もあったので王侯貴族が食事やおしゃべりが終わるまで音楽をやり続ける時間つぶしの意味もあったのですね。いずれにしても昔の古い習慣です。
[208]TAKIN 08/06/15 22:01 bwmulfFxhO
>>206 >>207
>>196については如何お考えでしょうか。
[209]MMM 08/06/16 01:11 s01Dsjn3MV
当時は作曲者もやるべきかどうかは混乱してたと思いますよ。
当時はもちろんCDなんかなかったですから、初めて聴いた曲は何も訓練の受けない度素人が聴いたら何やってるかわからないでしょう。
当時の王侯貴族はわからないと途中で家に帰ったのですね。
そのために繰り返したのです。
でも今になってCDがあって、楽譜があって、解説があっ手、耳が肥えると、繰り返しは退屈以外のなんでもないですね。
巨匠のフルヴェンやべーム・カラヤンらがやらなかったのはそのためです。近年原典のスタイルに戻そうと古楽の連中が例えばガーディナーとかが繰り返しまたやってますね。
ノンリントンあたりになると対称メヌエット・スケルツォまで出てきます。
多分少なくとも初演はそうしたのでしょう。
でも何回もやられるとうんざりします。
ノンリントンの最近のメヌエットは対称止めましたね。
アーノンクールも同様です。
[210]やすのぶ 08/06/16 10:15 d8W3qsDfIs
ベートーヴェンとロマン派を分けて考える必要がありますね。

ベートーヴェンはハイドンらによってほぼ完成されたソナタ形式をさらに発展させようとし、形式を徹底的に研究した。いろんなやり方を試し、それを名曲作曲の原動力とした偉大なる創造者ですね。その行為は時に形式の破壊に繋がる要素もあったのです。
たとえば《月光》の第1楽章、単純な短いソナタ形式ですが、繰り返しはない。アダージョであることと、小品のような単純に続く伴奏音形でごまかされたような感じ。これを発展させたのが、《熱情》ですね。双方とも第1部分をちゃんと終止しない。そのまま展開部になだれ込む感じ。このことによって繰り返しという『たが』を外しちゃったんですね。
《第9》ではちゃんと第1部は終止します。150小節から(変ロ長調というちょっとひねった調ですが)です。これはニ短調で再現されます(419小節から)。これなら繰り返しをやらない口実がなさそうですが、今度は、絶対初めに戻らないように曲を始める(分析でよくご存知のとおり)ことで、繰り返しをすり抜けたんですね。

ロマン派の場合は、ベートーヴェンの新天地開発というような積極的な要素ではなく、逆を行くそれぞれの個別的理由があったのでしょうね。それは、TAKINさんが<反復記号は単に習慣的に書いたものではなく意図的なものだと思われます>と仰ったとおりです。
その個別理由を一括すると、それは『ソナタ形式の重み』といったものではないでしょうか。
[211]MMM 08/06/16 21:48 s01Ds609X9
遅い楽章は繰り返しをあまりやらないですよ。時間がかかって返って退屈になるからです。もちろんやってるのもありますが、Allegroよりも少ないです。

昨日まで古典派、今日からロマン派という区別は普通ありません。Beethovenだって十分ロマンチックでしょう。大体の傾向で区別しているだけの話です。例えばSchubertの3番は古典派とかですね。メンデルスゾーンの一番も古典派ですね。
[212]やすのぶ 08/07/08 22:11 1w.FyAmGFU
>>192
話題が途絶えてしまいましたねえ。
この、繰り返しという、ソナタ形式にとっては盲腸のようなまったく無用の長物がソナタ形式の中ではばを利かせてきて、ロマン派の作品にまで影響を及ぼしているということは《繰り返しは形式存立にとって非常に重要な要素であるのではないか》という推測が成り立ちそうですね。
視点を変えて
『なぜロマン派やそれ以降になっても、ときたまソナタ形式の提示部の反復が見られるのは何故か?』
ということを考えるのは無意味なことではないでしょう。
[213]MMM 08/07/08 22:24 D.It.KR5O3
先祖がえりでしょう。
ソナタでなくとも必要があれば繰り返しはありますね。
ベルクの室内協奏曲。
最後の楽章に長大な繰り返しがあります。
あれがないと何やってるかさっぱりわかりませんね。
とにかく難しすぎろ音楽です。
[214]TAKIN 08/07/09 10:49 nX6istRrfi
あれは繰り返しがあってもわかんないなあ(笑)
嫌いじゃないですけど。
[215]MMM 08/07/09 16:56 D.It.MdYq5
ウエーベルンの交響曲Op.21は提示部と展開部&再現部にも繰り返しが付いていますよ。普通は繰り返してもわからないので、繰り返さない指揮者は今まで一人も見たことありませんね。
[216]TAKIN 08/07/10 23:41 zkooLqNI7F
ヴェーベルンには一つのセクション全体の繰り返し指定がけっこうありますね。聴いていてもわからないことも多いですが、ピアノ変奏曲の第2楽章なんかは分かりやすいです。ソナタ形式では(多分)ないですが。
[217]MMM 08/07/11 00:04 V0/SLdek77
調性がないので完全なソナタ形式はありませんね。輪郭だけがあります。あの繰り返しはとても助かります。じゃないとすぐおわちゃって何やったか良く思い出せないですね。
[218]黒いモーツァルト 08/07/18 13:59 agEXhczK2e
ガルッピやペルゴレージ以降の18世紀の音楽はなぜ提示部は長調ばかりで短調は展開部がほとんどになったのでしょうか?
[219]MMM 08/07/18 16:14 V0/SLKa4Kt
当時そのように習慣化したのでしょう。
長調で始まったら中間部は単調持ってきた方が効果的にコントラストできますね。
イタリアは明るい国ですから長調の曲が圧倒的ですね。
反対にロシア音楽は暗い国ですから単調が圧倒的。
チャイコの交響曲は順に
ト短調、ハ短調、3番だけニ長調、ヘ短調、ホ短調、ロ短調、番外のマンフレッドもロ短調ですね。
[220]黒いモーツァルト 08/07/18 22:29 agEXhczK2e
MMMさんありがとうございます。
国民性が原因なんですね。
確かに中間部の短調部分は劇的な表現をしている場合が多くて
緊張感が高いですね。まるで会話みたいw
いきなり深く突っ込んだネタを持ち出さないで初めは簡単な
共通のネタから入るところが似てるw

ロシアも短調で始まる曲が多いんですね。
フランスのイヤサント・ジャダンとかエデルマンなども短調で
始まる曲が多いですね。バレが伝統的なフランスは18世紀の
西ヨーロッパ諸国でも異色ですね。長調で始まっている曲も
緩徐楽章では同主短調へ転調していることがほとんどですし...

もっともチェコのコジェルフやスウェーデンのクラウスも
同時代人にしては割と短調作品が多い気がします。
[221]MMM 08/07/18 22:33 V0/SLKa4Kt
普通はコントラストを狙いますね。黒と白・青と赤とか。

アルプスを越えると年中曇って雨ばっかりが多いので曲が暗くなることが多いですね。

それに比べてイタリア・ギリシャ・スペインなどは一年中日本みたいに明るいです。それが曲にも反映します。
[222]長調偏愛主義 08/07/19 11:45 GoRGEoUS
>スペインなどは一年中明るいです。それが曲にも反映します
18世紀のスペインは例外だと思う。フランスの衛星都市だったから短調の曲が
多かったし第一、古典派音楽の浸透がフランス同様他の地域とくらべて遅いと思う。
[223]長調偏愛主義 08/07/19 12:13 3XvOP4Iyw7
>提示部は長調ばかり
ガルッピらナポリ楽派を起源とする曲の出だしの調性は
ニ長調、ハ長調、ト長調、ヘ長調、変ロ長調、変ホ長調、イ長調の7つがほとんどで短調は特殊でミサ曲や葬送曲でニ短調が書かれるぐらいだと思う。
[224]MMM 08/07/19 17:01 V0/SL.Hir7
スペインだって雨は降りますよ。
しかしドイツよりも明るくて暖かい。

レクイエムやスターバート・マーテルなんかはほとんどが短調ですね。
[225]長調偏愛主義 08/07/19 18:44 3XvOP4Iyw7
>レクイエムやスターバート・マーテル
ニ短調が多いけどハ短調も若干あるよね。
[226]MMM 08/07/19 22:52 V0/SL.Hir7
ケルビーニのレクイエムはハ短調とニ短調がありますね。
[227]長調偏愛主義 08/07/20 10:12 s/77wtmnbe
>ハ短調とニ短調があります
この2つの調はトランペット&ティンパニが使えたからでしょうね。
ト短調はほとんど見当たりませんし、ましてやイ短調は響きが悲痛すぎますね。
[228]MMM 08/07/20 16:49 g1NAPThIrQ
ティンパニの調律が完全4度が理想的調性です。
完全5度になると互いの太鼓の音色が違いすぎ、ちっと違和感が出てきます。更に昔のティンパニ・は小さくて余り極端に皮を張れなかったのでしょう。
したがってBb, C,D,Eb,Eの単調・長調などが一番多い。
[229]長調偏愛主義 08/07/21 20:13 s/77wtmnRc
>Bb, C,D,Eb,Eの単調・長調などが一番多い
全くその通りですね。しかしBbやEはちょっと違和感ありますけどねw

ティンパニもトランペットもヴァイオリンが良く響くニ長調を基準に制作されていますね。
ホルンもヴァイオリンがよく響く調に合わせて替え管は当時の多くの宮廷ではEb,Bb,F,C,G,D,Aの7種ですね。
ハイドンやヴァンハルはBやAb,Eを特注させたらしいですけどね。彼らは非常に特殊な例です。
いずれにしろクルックの種類が増えたところでいい管弦楽が書けるわけでもなし。実用主義時代だから
ヴァイオリンの響きの悪い調など対象外だったのもうなずけます。ロ長調や変イ長調など...。
[230]長調偏愛主義 08/07/21 20:30 s/77wtmnRc
面白いエピソードがあります。18世紀にイ短調の交響曲や協奏曲が極端に少ない理由としてホルンの響きの悪さが原因という説があります。管弦楽でイ短調を演奏するにはA管とC管のホルンが2つずつ必要ですがC管のホルンをイ短調の曲のハ長調転調後に和声の色付けとして使うとその穏やかな旋律にはホルンの響きが暗く重苦しく悲痛に聞こえてしまうので疾風怒濤期に僅かに書かれた程度だそうです。

弦楽四重奏やピアノ三重奏などの編成でも先の悪しきイメージが付いて回ったせいかあまり書かれていません。

モーツァルトやチマローザのピアノ曲ではイ短調ものは特別扱いしてませんから彼らのなかではイ短調はピアノ曲なら書けると思ったのでしょうね。また、この二人は偉大なオペラ作曲家という点も興味深いです。
[231]MMM 08/07/21 23:32 g1NAP8.mct
ニ長調のティンパニは一番綺麗に響くね。
したがってトランペットもニ長調。
バロック時代にはA管のクラリネットがなかったので無視。

ホルンはFが一番良い。でも高次倍音が狭いから普通はBbと組み合わせる。トロンボーンもチューバもCで読んでいるけど実際にはBb管。でもBbばっかりだとAisを吹くと音が下りきらない。だからシャープ系は難しい。一方現はC/G/D/A/Eのシャープ系。変二長調などは相当やりにくい。弦はシャープ系がやりやすいのに対して缶はファラット系がやりやすい。両方とも指を押さえると現は音が上がり、管は音が下るから。打楽器やピアノはその中間かな?でもティンパニハペダルを踏むと望みの音に合わせられるがペダルを緩めると音が狂う。だから一旦完全に緩めて踏みなおさないと望みの音が得られない。ちょっと弦に近いかな?
[232]長調偏愛主義 08/07/22 11:44 fSzUpF//aT
>>231
MMMさんは19世紀以降のモダン楽器にも詳しい方なんですね。
ウチは17・8世紀のピリオド系です。

18世紀まではとにかくニ長調中心主義だったからトランペットも
ティンパニもニ長調が一番よく響くように出来ているんだと思う。
ホルンはヘンデルの時代まではF管しかなかったけどクルックが
17世紀末に考案されてから少しずつ7種類のクルックセットが出回ったらしいです。
ハンド奏法は1750年代以降だそうですが。

なぜ狩猟ホルンがはじめF管しかなかったかということもちゃんと意味があってヴァイオリンの響きが
最も柔らかく三度のイントネーションが美しいヘ長調に合わせたとのことです。バロック時代は古典派時代よりも
厳格でホルン=ヘ長調、トランペット&ティンパニ=ニ長調という図式があったようです。
[233]長調偏愛主義 08/07/22 11:53 fSzUpF//aT
ペルゴレージやガルッピらが活発に活躍した1730年代になると中部ドイツ宮廷を中心にオケの金管奏者の大リストラがあったらしく、
金管ギルドの衰退が始まりクラリーノ奏法の伝承断絶の遠因を作り、マンハイムやウィーンなどの宮廷では金管奏者はギルド会員ではない音楽家によってドミソを中心とした単純な音しか
出せない状況がハンド奏法考案期まで続いたそうですね。

もっともハイドンはトランペット協奏曲で胴体に穴を開けてキーを作って自然倍音以外の音を出そうと実験しましたが響きが悪かったせいかこれっきりですね。
[234]MMM 08/07/22 16:47 g1NAPHncwv
ハイドンのトランペット協奏曲はもうピストンができていたと思います。だから書いたようです。でも主流は自然トランペット。ベートーヴェンは出せない音も無理して使っていますね。

最近のフランスのピリオド・オケは出せないファの音もファ・シャープの合わない音をそのまま使っていますね。当時はそうやったという想定です。凄く汚い音です。
[235]長調偏愛主義 08/07/22 17:05 fSzUpqXeMv
それって、ニケ氏指揮のヘンデルの「水上の音楽」でしょ?
ベンディング奏法で強引に吹き切っているよね。
[236]アラベスクちゃん 08/07/22 17:26 Bad0Nk3bVo
詳しいことは分かりませんが、
ニケの「水上の音楽」を聴いていると、
音階?が狂っていて、頭が変になりそうなので、
通しで聴いたことがありません。
あれって、スコアとは違う変な音を使ってるんですか?
[237]長調偏愛主義 08/07/22 17:54 fSzUpqXeMv
>236
D管の自然トランペットを自然倍音列をそのまま吹いているから11倍音が変に聞こえるんですよ。
指穴を使って音程を補正したりしない単純なベンディング奏法だと平均律慣れした現代人には狂った音階に聞こえるんだろね。
[238]MMM 08/07/23 04:12 g1NAPHncwv
高次倍音は良く音程が狂いますね。
それを調節するためにスライドがあるのですが自然トランペットはありませんね。でも当時はそれで狂ったまま吹いていましたね。ピリオド・オケでは今でも狂ったままやっています。当時そう鳴っていたはずだからですね。
[239]長調偏愛主義 08/07/23 11:07 fSzUpB0f4G
>当時はそれで狂ったまま吹いていましたね
最新の古楽研究では「狂った」という感覚は間違っているようです。
「濁った」という感覚で経過音か不協和音扱いを18世紀まではしていたようです。「狂った」という感覚はあくまで現代人の平均律からみた感覚のようです。
18世紀まではA.ヴェルクマイスター、G.ジルバーマン、ナイトハルトらオルガンビルダーとキルンベルガーがそれまで理論上であった平均律を理想として一般聴衆の嗜好との妥協によって限りなく近いものを考案しましたが結局、ハープシコードやピアノへの実用的な導入は失敗に終わりました。原因は調律の手順が複雑すぎることと、純正音程が少なくて曖昧な響きになりがちであり、仮にこのような繊細な音律を導入したとしても18世紀の巨匠たちのクラヴィア作品はどれも三度のイントネーションを重んじるなどミーントーン的な要素が多いからです。
簡潔にいうと変イ長調・ロ長調・変ロ短調・嬰ハ短調のクラヴィーア作品があったとしても不協和なヴォルフを巧みに避けるなどの書法が目立つことから18世紀まではただのミーントーンしかなかったということらしいです。 長文失礼しました。
[240]長調偏愛主義 08/07/23 11:20 fSzUpB0f4G
ヴォルフや広い三度を含む三和音を不協和音とするミーントーンに基づいた18世紀的考え方からすると機能和声論は成り立ちません。
なぜならカデンツでいくとハ長調の主和音と属和音は協和音ですがホ長調の場合は主和音は協和音でも属和音は不協和音だからです。
そして変イ長調の場合は主和音が強烈な不協和音です。そのため、強拍は協和音という考えが強かったこの時代は変イ長調の楽曲が極端に少なかったと考えられます。しかし、ヴェルクマイスター音律ならばピタゴラス三度以下の弱い濁り具合ですので協和音扱いに出来てしまいます。そして書法の制限もありませんね。ベートーベンやシューベルトみたいに伸び伸びとロマンチックに書けます。
[241]MMM 08/07/23 15:59 g1NAPzBbzt
機能和声論自体が人工的に作ったものですからね。自然に見えるのは習慣化されているためです。英語みたいなものです。一旦慣れてしまえば当たり前に感じますね。でも日本語を母国語としてから学ぶと凄い違和感を感じます。
[242]長調偏愛主義 08/07/23 17:48 fSzUpB0f4G
まあ、そんな感じです。現代古楽の最先端は現代人としての常識的な感覚を一度完全に捨て去って入念な歴史的考察に基づいて18世紀的視点で素直に見つめ直すことによって巨匠たちが描いた本当の楽曲の姿や、それまで見えなかったり書き消されていた様々なテクスチャが見えてくる、ということらしいです。
単に古い楽器のコピーを使って懐古趣味の演奏をするとか、あるいは学問的な関心のみによる学究的な演奏を行うものでは、もちろんありません。ピリオド楽器によるピリオド奏法のオケや室内アンサンブルの音はすごく新鮮で、どれも作曲家の意図がダイレクトに伝わってきて音楽の楽しさを感じました。
[243]MMM 08/07/23 18:11 g1NAPzBbzt
当時の古風な音は僕も好きですねえ。現代のような洗練味はないのですが、当時鳴っていたであろう音はバッハやモーツァルトと一緒にコンサートを聴いているような感じです。同じ時代に生きているようで光栄ですね。
[244]長調偏愛主義 08/07/23 19:05 fSzUpB0f4G
>現代のような洗練味はない
実用主義時代だからね。芸術至上主義時代の自己をさらけ出すアナログチックで人間臭い魔術的な音楽とは逆のものですよね。会話的というか理論的というか科学的でデジタルなものを感じませんか?
18世紀後半のピリオド楽器というハードを使って自然倍音とミーントーンという基本ソフトの上に音階や記譜法等の楽典やソナタ形式やロンド形式といった楽式に和声法や対位法というソフトを組み込んでロココの聴衆とオペラ歌手のニーズに答えた音楽がナポリ楽派を発祥とするウィーン古典派音楽と私は見ています。
[245]長調偏愛主義 08/07/23 19:47 fSzUpB0f4G
実用主義時代でもひと際実験好きだったのがハイドンとヴァンハルですね。ハイドンの初期の交響曲(正確には協奏交響曲)「朝」「昼」「夜」等は緩徐楽章が第一楽章にきていますがこれは管楽器を緩徐楽章で使いたかったからのようですね。1760年代前半当時は管楽器は急速楽章でしか使わず緩徐楽章は耳休めのために使わなかったのですが60年代後半になると緩徐楽章でもフルートに限ってオーボエ奏者持ち替えでデビューしましたね。ハイドンはフルートで美しい旋律を歌わせた緩徐楽章として30番の「アレルヤ」がありますね。癒し以外の何物にも感じません。お気に入りの緩徐楽章です。
なお、ホルンの緩徐楽章でのデビューは聴衆の耳が慣れてきた70年代以降ですね。クルックの付け替えの早業が叫ばれるようになったのもこの頃ですねw
[246]MMM 08/07/24 00:27 g1NAPzBbzt
ハイドンはあれでも立派な革命家だったかもしれませんね。
[247]長調偏愛主義 08/07/24 11:10 s/77wicAUX
>立派な革命家
あの時代でハイドンほどの音楽の実験家はいないと思います。彼は本当に面白いです。100曲以上の交響曲、約70曲の弦楽四重奏曲、60曲以上のクラヴィーアソナタ等を書きましたがどれも書法に変化をつけていてどれ一つとしても同じ形式はありません。聴衆のニーズに応えつつ、エステルハージ宮廷の楽団を使って実験を重ねている様は研究し甲斐があります。「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」ではなく、「音楽の科学者」と言った方が正確かもしれません。
分かりやすい比喩にすると、モーツァルトはそば屋で盛りそばを注文したら天ぷらをつけて出すタイプでハイドンはめんやつゆやだしなどの原材料で勝負するタイプといえそうです。
[248]長調偏愛主義 08/07/24 11:13 s/77wicAUX
ベートーヴェンははそば屋で盛りそばを注文したらスパゲティーやビーフンを出すかもしれませんw
[249]MMM 08/07/24 18:50 g1NAPdtnFX
ハイドンはだから残るのでしょう。

クラシックの基礎ですからねえ。

天ぷらそば食いたいですねえ。
[250]長調偏愛主義 08/07/24 22:18 fSzUpmyBO.
実はつい最近まで交響曲ってオペラの序曲が発祥だと勘違いしていたんだよねw ハイドンが合奏協奏曲や四声のコンチェルトが発祥と教えてくれた。ハイドンの初期の交響曲は弦5部+通奏低音+オーボエ2+ホルン2の18世紀中期の宮廷標準編成でも独奏楽器群と合奏楽器群が分かれて演奏するシーンが緩徐楽章などでかなりあって音色の違いを楽しむ習慣がコレッリの時代を思わせたからオペラのシンフォニアが発展したものじゃないって確信を持ったのです。
[251]ウリッセ 08/07/24 23:50 BH9NollsQC
長調偏愛主義さん、こんばんは。
ハイドンに関しての鋭い分析、大変興味深く読ませていただいています。
私はハイドンの先進性に気づいてから、まだ10年あまりの若輩ものですので、特に語れることはないのですが、ようやく日本でもハイドンルネサンスの兆しが見え始めたことはうれしく思っています。

私がハイドンを再発見するきっかけになったのは、プレストンらによるミサ曲全集と、マッケイブによピアノソナタ全集を購入したことでした。それまでパウケンミサやネルソンミサ、グールドによる後期のピアノソナタなどは愛聴しており、「さすが、晩年のハイドン作品は深みがある」などと、偉そうに解釈していたのですが、ミサもピアノソナタも初期の作品から独創的で完成度の高い作品ばかりであることに驚かされました。これをきっかけにこれまで中々手を出しずらかった初期から中期の交響曲やピアノトリオ全集、オペラなども聴きあさっていったのですが、大胆な転調や不協和音、複リズなど、これまで気がつかなかった仕掛けが随所に張り巡らされていることに(それを聞き落としていたことにも)衝撃を受けました。

ところで晩年のハイドンが交響曲の筆を置いて、シンフォニックな合唱曲を作曲活動の中心にしたのは、当時のインストルメンタルのみによる表現に限界を感じ、人声に新たな活路を見つけたということではないでしょうか。つまり彼の晩年の合唱曲はある意味で交響曲の延長であって、その点ではベートーベンの第9交響曲の先取りだったというのは飛躍しすぎでしょうか。
[252]長調偏愛主義 08/07/25 12:36 s/77wkhOGi
ウリッセさん、こちらこそよろしくお願いします。
私は古楽科チェンバロ専攻の大学2年生です。ハイドン研究はウリッセさん程長くないです。数か月前に始まったばかりの赤ちゃんですw

>インストルメンタルのみによる表現に限界を感じ、人声に新たな活路を見つけたということでは
すごい発見ですね!興味深いです。
ロンドンに永住をせずにエステルハージに戻ったあたりの動機を洗い出す必要がありそうですね。彼の書簡とか手紙とか...。
実験好きな人物ですから最終的には声楽と器楽の融合を試みたのかもしれませんね。
[253]長調偏愛主義 08/07/25 13:17 s/77wkhOGi
雑多な内容ですが発見したことを書きます。
ハイドンは本当に好奇心旺盛ですw
1/4ミーントーンを前提にしながらも調性の限界にチャレンジしたことが手に取るようにわかりました。
ハイドンのAs-durのピアノソナタは見事に強烈な不協和音のヴォルフを避けていて芸術的です。しかし、Des-durのピアノソナタがないのはトニックもドミナントも不協和音のヴォルフなので和声的解決感を出すように書くには限界があったのではないかと感じました。f-mollのソナタがないのはFのコードが不協和音で古風と感じたからでしょうね。しかし、よくぞcis-mollのソナタを書いたものです。As-durの曲と同じようにサッサと第二主題に転調して美しいアリアを歌わせれば書けないことはないと考えたのでしょうね。
当時は協和しない三和音から始まる調やトニックかドミナントにヴォルフを含む調では書き始めないことが暗黙の了解でしたがハイドンの手にかかっちゃうと表現の幅が格段に広がるんだなと思いました。ミーントーンの考案者であるルネッサンス時代のピエトロ・アロンもビックリものですねw
[254]ウリッセ 08/07/26 00:27 jw/TrDb.Vd
和声に関する知識を持ち合わせていないので、長調偏愛主義さんと対話できなくて残念ですが、私がハイドンのピアノソナタでもっとも衝撃を受けたのは、最後のEs-durソナタの中間楽章がE-durだったことです。
一瞬にして空気感が変化する魔法の瞬間にはいつも身震いさせられます。
これと似た味わいを感じるのが、ベートーベンの3番のコンチェルト(C-mol→E-dur→C-mol)。
ベートーベンの“革命”はハイドンの所業無くして成し遂げられなかったとつくづく思い知らされます。
[255]MMM 08/07/26 04:48 g1NAP5UMqh
文章が長いと全部読まないですが、Sinfoniaと言う語源からする限りオペラの序曲からの影響もあるのでしょう。
[256]長調偏愛主義 08/07/26 10:48 fSzUp45jtp
>Sinfoniaと言う語源からする限りオペラの序曲からの影響もある
そのとおりですが独奏パートと合奏パートの対比をハイドンの初期の交響曲では重んじていたので合奏協奏曲からの影響が極めて強いと思います。
[257]長調偏愛主義 08/07/26 11:13 fSzUp45jtp
>Es-durソナタの中間楽章がE-dur
恐らく遠隔転調は聴衆のニーズを先取りした調選択ではないかと思います。
17世紀初期のマリーニやレグレンツィ辺りからヴィヴァルディやB.マルチェロあたりまでの緩徐楽章の調性は冒頭楽章のVI度調をとっていました。これは主要三和音を主役とした急速楽章と副三和音を主役とした緩徐楽章との曲風や音色の対比を楽しむ趣があったためと考えられます。レグレンツィはさらに緩徐楽章の次の急速楽章では変化を付けるためにIV度調を選んでいます。そして終楽章ではI度調に戻ります。
リヒターやベンダあたりから次第にナポリ風の長調偏愛になり緩徐楽章での平行短調は滅多に使われなくなり属調や下属調あるいはフランス風の同主調が定石になりましたね。
[258]MMM 08/07/26 17:19 g1NAP3UMkM
合奏協奏曲からの影響もありますよ。
否定はしません。
遠隔調転調はしていいです。
シューベルトなんか上手かったですねえ。
[259]長調偏愛主義 08/07/26 18:36 fSzUp45jtp
>シューベルトなんか上手かったです
そうですね。シューベルトはベート−ヴェンの後継者みたいなものですからキルンベルガー音律を使ってピアノソナタを自己の激しい性格のはけ口にしましたね。これはこれで古典とは違った魅力がありますね。
[260]もざると 08/07/27 00:33 882o3qu3PE
長調偏愛主義様、独自の奇異なご投稿を大変興味深く拝見させていただいております。音律関係ですが現代の古楽界ではハイドンが鍵盤ソナタで1/4ミーントーンを使ったなどという話は聞いたことがありませんし、根拠に極めて薄い内容と思われます。
そもそも、J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集で使った音律は何とお考えですか?
古い定説ではヴェルクマイスター第3であり、現代ではナイトハルトのような平均律に極めて近いものであるとなっていますが。
バッハレーマン調律ですか?
[261]長調偏愛主義 08/07/27 15:06 s/77w/c83d
>J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集で使った音律は何とお考え
ただのミーントーンです。秘伝の音律などないと思います。
[262]黒いモーツァルト 08/07/28 11:50 s/77wtmn3y
長調偏愛主義様すごい...。
[263]MMM 08/07/29 23:48 g1NAPwf1GL
専門に研究しておられるのでしょう。
[264]通りすがり 08/09/28 12:18 *NAC7TbJt1HX*LKMQ0T4wMq
スレが終了しないように保守ageします。
[265]さら 08/10/28 11:50 E-CyqZx
ショパンのチェロソナタの第1楽章について皆様の意見を聞かせて下さい。
元々ショパンは大好きですし、この曲は最高傑作の誉も高いようで録音も多いのですが、正直いうと個人的にはチェロの音があまり抜けて聴こえて来ないというか…いまいち曲の良さがわからないのが本音です。
解釈にしてもこの曲は色々な視点があると思います。
ここでまた違った角度で取られることが出来ればと思ってます。
[266]ファーニホウ 08/12/23 01:20 */QhXMcynORp*V-RcmGf
質問させてください。

展開部にあたる部分は提示部で提示した主題を様々な調に転調しまくりながら展開していくのが通例だと思うのですが、いわゆる「展開部」にあたる部分で、提示部の主題とあまり関連のないメロディーを用いて、しかもあまり展開部らしい展開をしない、いうなれば「中間部」という方がふさわしい?そんなソナタ的形式は存在するのでしょうか?
それはもはやソナタ形式とは呼べないものでしょうか?いずれにしてもそんな曲はありますか?
[267]MMM 08/12/23 05:12 pHuKl/rpFS
ブライアン・ファーニホウにソナタ書かせたら面白いでしょうね。

中間部が展示部と違った材料でできていたならばそれは普通「複合三部形式」といいますね。ただ単に展開部らしい展開をしない曲は別にモーツァルトの「フィガルの結婚」序曲などにあります。また展開部に新たに展開主題を入れる場合もあります。
[268]TAKIN 08/12/24 00:25 KedLXpr/YS
>>266
モーツァルトのピアノソナタ K.283 や K.330 の第1楽章では展開部には主題は(少なくとも聴いてすぐわかる形では)出てこないですね。ただ「展開部らしい」とは言えます。それが言えなかったら三部形式でしょう。
[269]MMM 08/12/25 14:34 o7iwkib83n
そりゃ、あなたは頭がおかしいもの!

[270]MMM 08/12/26 11:08 o7iwkib83n
MMM(=管理人) pHuKlYYEc5
[271]PARKING 08/12/30 19:44 *jeux/MtNngk*V-RcmGf
動機の展開というものを徹底的に追及した作曲家といえばやはりベートーヴェンという事になるのでしょうか?
僕の知る限り、ほんの数個の動機の展開だけで一つの楽章を作り上げてしまったと呼ぶに最も相応しいのがベートーヴェンの「熱情ソナタ」の第一楽章だと思うのですが、これ以上に動機の展開を追及しさらなる完成を見せた作曲家や作品というのはあるのでしょうか?
それとも動機の展開の徹底的な追及はベートーヴェンが既にやり尽くしてしまったものなのでしょうか?
[272]MMM 08/12/30 20:10 WtqhHJ7SzC
ほとんどベートーベンはあやゆる次元において展開法を開発尽くしましたね。その正当な継承者はブラームスでしょう。でもあれ以上行かないですね。ワーグナーのような素材の新しさを求める時代は必然的に来たとおもいます。
[273]ケリー・ジョーソン・ベーム 08/12/30 23:46 qKG9pWMCNg
展開部の可能性を追求したと言う議論には、動機作法と並んで調性を検討することが不可欠に思われます。たとえば「運命」の第1楽章はトニックとドミナントで構成されているといわれます(小倉朗氏らの著作などによる)。この調性の配置、多様性なども見えてくるとベートーヴェンを聴く世界が拡大するのでしょうね。
[274]MMM 08/12/31 00:22 WtqhHJ7SzC
展開部は事実上何しても良いですからねえ。長ければ長いほど良い。転調も一回りするとそれ以上の可能性はなくなりますね。ソナタ形式はあくまでも調性音楽が前提ですからですね。微分音や雑音には突っ込めないですね

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